2008年10月02日

ある雑誌をみていたら、

こんな文章に出会った。
まったくの無防備だったということもあり、ものすごい衝撃を受けた。

最初はソファに横になって読んでいたのだが、座りなおして何度も何度も読み返した。

それだけでは収まらずなにかカタチに留めておきたいと思い、
勝手ながらブログに書き留めることにした。

自戒の念を込めて。

書き手は気鋭のフラワーアーティスト・東 信さん。

以下、抜粋

〜 つくり続けるということ 〜

 



花屋になって11年が経つ
ほぼ毎日花に触れ花を束ね作品をつくっている

これは花に限らず
全てのクリエーションに言える事だが
ものごとを生み出すという事は
常にもがきながらも未来に手を伸ばし
形の見えない何かを掴む事から始まる
過去を抱えながら何かを生み出してしまえば
それはもう過去のものにすぎない

花に関して言えば
花自身も想像していなかった姿を
引き出し覆すことが
一歩先の未来を掴むという事だと思っている

当たり前の毎日の中で
常に新しいもの・ことを求め自らが日々成長し
つくり続けていかなければならない
自己満足することなく常に前を向き
激しい熱をもって突き進んで行くという事

花は瞬間の生き物だと思っている
俺はその生命が燃焼するつかの間の出来事である
「瞬間」を掴んで作品という形に変える
そのために必要なのは
圧倒的なテンションでありそれを持続する事だ
そのテンションを持ち続けなければ
花という瞬間には対峙出来ないし
まして作品にする事など出来ない

そのために俺はいつも自問自答を繰り返す
「本当にこれで良いのか?」と自らを疑い
「畜生」と叫び続ける
そうする事で自らを奮いたたせ
鼓舞し続けるのだ
それが毎日新しい自分と
新しく圧倒的なテンションで
花をつくり続ける熱を生むのだ

ものをつくる上で最大の悪は
「こなす」事なのだ
それなりにやりくりし
それなりに上手く行かせる
そしてそれが当たり前になり
その事にすら気付く事ができない
俺はそんなもんが一番醜いと思う

もの作りに60点はいらない
100点でなければ全て0点なのだ

俺は今日も自問自答を繰り返す
「本当にこれで良いのか?」と自らを疑い
「畜生」と叫び続ける
そして圧倒的なテンションをもって
花という「瞬間」と向き合う

俺はその世界で生きている

※papyrus vol.19 P80 (幻冬舎)より



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